From the Veil of Sadness Into the Joy of Life
(悲しみのベールから生きる喜びの中へ)


 だいぶ前に、夫の叔母の葬儀に参加したときのことです。彼女の死を知ったとき、私は自分の家族の代表として葬儀に出席しなくてはならないと感じました。私の側の家族は、五百マイルも離れた別の町に住んでいて、その葬儀に出られそうな人間は私だけだったからです。夫の叔母はロサンゼルスに住んでいたのですが、私たちが近くに引っ越してきて以来、食事に招待してくれるなどして、私たちにとてもよくしてくれていました。  

 私は、夫の母もその葬儀に必ずやって来ると考えていました。ところが、私が葬儀場に着くなり、義理の弟が、夫の母は人の死と向き合うことができないために、どんな葬儀にも出たことがないと言ってきたのです。  

 私はひどいショックを受け、言葉が出ませんでした。こんなに身近な人間が亡くなって、すぐ近くに住んでいるというのに、という思いも当然ありました。でもそれ以上に、なぜ彼女はどんな葬儀にも出ることができないのだろう、という疑問が私の頭の中を駆けめぐったものです。   人々は葬儀のときに、あまりにもひどく悲しみます。私は以前から、それが理解できませんでした。私ももちろん、これまでに親しい人たちをたくさん失っています。そして、この人生の中で、肉体を持った彼らとはもう会えない、ということを知ることは、誰にとっても辛いことです。自分の人生の確かな一部であった人たちが、突然、ここからいなくなってしまうのです。とても寂しく、本当に辛いことです。その意味では、人の死というものは確かに悲しい出来事です。  

 ただし、生命は永遠であるということ、および、死んだ人は苦しくも辛くもない、ということを知っていさえすれば、その悲しみは何分の一にもなるはずです。事実、夫の叔母の棺が掘られたばかりの墓穴の中に降ろされていたとき、彼女は霊体として、私たちのすぐ近くに立っていました。しかも、その彼女の霊は、愛と喜びで輝いていました。彼女は明らかに、悲しんではいませんでした。それどころか、それまでに私が見た、一番幸せそうな顔をしていたのです!   

 でも、私以外には誰も彼女を見ていないようでした。人々は彼女の死を悼み、文字通り嘆き悲しんでいました。彼女の霊が、肉体から解放された喜びとともに、本当に幸せそうにして、すぐそばに立っているというのにです! いずれにせよ、彼女がそんなにも幸せそうにしているのを見るのは、私にとって、とてもうれしいことでした。  

 これまでに私は、多くの人たちの死に接してきました。私の両親も、もういません。夫も事故で亡くなりました。無二の親友が亡くなったのは、彼女が二十七歳のときのことでした。もう一人の親しかった友人も亡くなり、他にも多くの友人、知人がこの世を去っていきました。  

 そして私は、おりにふれ、彼らの霊を見てきました。ときには、彼らの存在を感じるだけということもありましたが、いつも彼らは、次に生まれ変わるために必要な何か、たとえば、愛に関する学習や光への接近といったことに努めていました。  

 亡くなった人たちは、それまでの人生との決別、すなわち、慣れ親しんだ肉体や愛する人たちとの完全な別れを達成するまでに、地球時間で約一年ほどの期間を必要とします。それが達成できて初めて、次の肉体への移行が可能になるわけです。  

 このプロセスは、主な宗教のほとんどが認知しているもので、それらの宗教が喪に服す期間として定めている一年間は、肉体を離れた霊がなおも地上を歩いている期間だと考えられています。  

 なかには、終わったはずの人生からなかなか離れられなくて困っている霊たちもいます。エルビス・プレスリーの霊も、そんな霊の一つです。あまりにも多くの人々が、未だに彼にしがみつき続けているのが、その理由です。彼らはいつになっても、エルビスをここから立ち去らせたくないのです。  

 アメリカ中のスーパーマーケットが、未だに彼の大型ポスターで飾られています。それを眺めながら、人々はなおもエルビスを引き戻し続けているのです。エルビスの霊は、彼をいつまでも手放したがらない人たちによって、地球の次元に押しとどめられたままなのです。もうそろそろ、何とかしてあげなくては、エルビスが可哀想です!

 母が亡くなった後、私は何日もの間、頻繁に彼女のことを考えたものです。彼女がすぐそばにいるのを感じたこともありますし、単に彼女との思い出に浸っていたこともあります。母がそばにいると感じたときには、ニコッとして「こんにちは」と挨拶するのが常でした。

 私は、これまでの経験から、もしあなたが、先立った愛する人たちのために祈ったならば、彼らの次のレベルへの移行を後押ししてあげられる、ということを知っています。ただし、ここで言う祈りは、いわゆるエネルギー・ワークであり、古典的な祈りとは全く異なったものです。紹介しましょう。  

 椅子にゆったりと座り、目を閉じます。自分自身をグラウンディングし、センタリングを行ない、深呼吸をして、今の瞬間の中に身を置きます。  

 続いて、先立ったあなたの愛する人を思い浮かべます。エネルギーの蝋燭を取り出し、それに火を付け、それをその人に捧げます。そして、その人が生きているときに行なった良いこと、素敵なこと、優しいこと、ポジティブなことを、思いつくままにすべて言ってあげるのです。  

 それらの言葉は、その人がこの世界を離れて霊の世界に行き、その後でまた新しい人生を開始するまでのプロセスを、確実に加速することになるでしょう。なぜそうなるのかは、聞かないでください。  

 続いて、その人が生前、あなたに多くのものを与えてくれたことに、心から感謝しましょう。充分に感謝したら、その人をあなたのビジョンの中から立ち去らせます。  

 その人が立ち去ったら、目を開け、自分の体内で生命力として働いているパワーに感謝します。  

 そして最後に、自分の生命力を感じながら、あらゆる生命力を素晴らしく新鮮に、輝かしく、生き生きとさせ続けてくれている地球と、その神々、および女神たちを讃えましょう。