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先月、私の住む地域に秒速四十メートルを超す大風が吹き荒れ、木々をなぎ倒したり電線を引きちぎるなどの大きな被害をもたらしました。電線が切れるということは、停電になるということです。あちこちの電線が一度に切れてしまったため、私たちはその日、十五時間にもわたって電気のない状態を体験することになりました。
これまで私は、停電をいつも楽しんできました。電気はふだん、壁の中を走っているわけですが、それがある種のバリアーとなって、私たちが周囲の霊的エネルギーを自由に感じるのを妨げているのです。でも、電気の流れが停止するとともに、私たちは再び、周囲の自然環境と容易につながることができるようになります。私は、七本の蝋燭がささった大きな燭台を取り出し、すべての蝋燭に火を灯しました。蝋燭の炎はオゾンを放出し、それによって部屋の中の霊的エネルギーが活性化されます。
ヒーリングやオーラ・リーディングは、霊的な行為です。でも、それはライフ・スタイルではありません。多くの人たちが、「霊的になるためには、お寺や神社に行かなくてはならない」と考えています。環境問題に取り組んでいる私の友人のように、「霊的になるためには、山の頂上や、深い森の中、美しい滝といった、大自然の中の美しい場所、特別な場所に出かけていく必要がある」と考えている人もいます。確かに、これらのすべてが、あなたをある程度は霊的な気分にさせてくれるでしょう。でも、私にとって霊的になるということは、単純に「宇宙の意識と一つになる」ことにほかならないのです。
ある人たちは、「自分の霊性と接触するためには、山奥のお寺に出かけていって、そこのお坊さんや尼さんにならなくてはならない」あるいは、「いまの仕事をやめて、心の平和を体験できる、静かな特別な場所に引っ越さなくてはならない」などと考えています。でも、自分の霊性と接触することと、特定の物理的な場所に移り住むことは、まったくの別物です。それは心の在り方であって、その状態は、どんな場所でも体験されうるものなのです。
確かに、私たちが体験している今日の都市型生活は、とても慌ただしく、ストレス源でいっぱいです。でも、「霊的な悟りを得るためには混雑した都会から逃げ出さなくてはならない」というアイディアは、決して真の答えではありません。
私には以前、人間関係でいつも悩んでいた友だちがいました。彼女は、「人間関係が一つうまく行かなくなると、すぐに荷物をまとめ、別の町に引っ越す」ということを続けていました。そのようにしてアメリカ中を引っ越して歩いた後で、結局はもとの町に戻ってきたのですが、そのとき彼女は、私にこんなことを言ってきたものです。
「自分自身から逃げることは、できないのよね。よく分かったわ。私ね、結局はどこに行っても、自分自身の問題を持ち歩いていたの」
人々は一般に、霊的になろうとして外側に目を向ける傾向にあります。彼らは、自分たちが追い求めている真の喜び、静寂、平穏といったものを、外側で発見すべきものとして思い描いているのです。私のクライアントや友人の中には、新興宗教に入信して修行所に住み着いたり、ブラジルのジャングルやペルーの高地への「気づきツアー」などに参加したことのある人たちがたくさんいます。彼らは、そういったことを通じて、一時的には、心の安らぎを手にできかたもしれません。しかしながら、それによって彼らが真の悟りに到達したとはとても思えません。
あるクライアントは、素晴らしいヒーラーだったのですが、悟りを獲得して霊的な人生を歩みたいと考え、アメリカのある仏教系新興宗教に入信しました。ところが、個人的な持ち物をすべて処分して、その宗教の修行所で暮らし始めて間もなく、先輩の男性信者に強く心を引かれることになってしまいました。二人は瞬く間に恋に落ち、「自分たちはソウル・メイトであり、この生涯で巡り会い、一緒になる運命にあった」という共通の認識を手にするに至りました。
しかし、その宗教の女性リーダーは、異なった見解を持っていました。彼女は、「彼は独身僧として一生を終えるべきだ」と考えていました。そして、私のクライアントを、「彼を誤った道へと誘惑する悪者」だと決めつけたのです。その女性リーダーは、修行者たち全員を集め、「個人的な欲望の邪悪さ」に関する講話を行ないました。その結果、私のクライアントと口をきく人は一人もいなり、彼女は修行場内で完全に孤立してしまいました。
彼女のソウル・メイトは、女性リーダーに刃向かうことができず、独身僧として生きる道を受け入れました。私のクライアントは、私への度重なる電話の後でその新興宗教から離れましたが、その後しばらくの間、その団体からの脅しの電話を何度となく受けることになりました。彼らは、彼女がソウル・メイトの男性を誘惑して連れ去ってしまうのではないかと恐れていたのです。
悲しいことに、一部の人たちは、宗教を、他の人たちをコントロールするための道具だと考えているようです。たとえどんな宗教を信じていようと、悟りへの鍵は自由意志です。自由意志を持たないかぎり、悟りを手にすることは誰にも不可能です。
自分の霊性に触れ、真の悟りに到達することは、外側に目を向けているかぎり、とてつもなく困難なことです。というのも、霊性や悟りは、特定の宗教に加入することによって、あるいは、外側にあるその他の何かと関わることなどによってもたらされるものではないからです。
すべては内側にあるのです。あなたが追い求める真の喜びが発見される場所は、あなたの内側をおいて他にはないのです。私たちは一般に、いやなことがあって、ひどくイライラしていたりすると、周囲の景色がどんなに美しくても、そのことに気づきません。そのとき私たちは、自分の感情にコントロールされている状態、あるいは、内側が混乱している状態にあります。
透視能力者たちは、そういった「内側の混乱を取り除くために必要なことは、そのための単純なスキルをいくつか学ぶことと、それらを持続的に用いる勇気を持つことだけである」ということを発見してきました。あなたはただ、それらのスキルを用いればいいのです。あなたがどこにいようと、そんなことは問題でありません。山奥にいようと、会社のオフィスにいようと、同じことです。あなたが内側で創造するものが、あなたの外側の世界に現れるのです。
もう何年も前のことです。早朝に仲間の透視能力者たちと集い、興味深い実験をしたことがありました。そのとき私たちは、ある喫茶店のテーブルの周りに座って瞑想を行ない、それぞれが気の向くままに、その日に発生してほしいことを思い浮かべました。それは素晴らしい体験でした。なぜならば、もしあなたが自分自身を宇宙の意識と同調させ、ネガティブな思いや感情を自分から取り除き、自分自身をしっかりとグラウンディングしたとしたら、あなたの願い事は何でもかなうからです!
そのとき集まっていた私たちの全員が、「まず最初に動くのはエネルギーである」ということを確認しました。私たちはさらに、「人生の中で明晰に見、行動するためには、また内なる平和を発見するためにも、自分のエネルギーをきれいにするための時間を意欲的に取らなくてはならない」ということも確認し合いました。一度あなたが、自分自身のエネルギーと能力を信じるための時間を取ったならば、そのときから、あなたにとってすべてが可能となります。なぜならば、あらゆるものが最初はエネルギーのレベルで形づくられ、その後で物理的な世界の中に出現するからです。
私は、電気が通じていようといまいと、家の中でよく蝋燭を灯し、香を焚きます。それは、私をとても快適で霊的な気分にしてくれます。私は自分の周囲に、自分を霊的な気分にさせてくれる、いろんなものを置いています。たとえば、美しい石類や花々、女神や仏陀の像、明るい色をしたさまざまな小物などをです。
でも、基本的に私は、すべてのものを自分の内側で創造しています。私の肉体は私の寺院であり、そのなかで私は、自分の霊的な自己の成分でもある自分のエネルギーに働きかけています。
自分のエネルギーと意識的に関わり合っているとき、あなたはどこにいようとも、とても自然に霊的な状態になっています。
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